スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
line

愚か者にとって、老年は冬である ユダヤの諺

愚か者にとって、老年は冬である。賢者にとって、老年は黄金期である。

~ユダヤの諺~


思わず「なるほど」と唸ってしまう名言ですね。


賢者になる為には、相当の修行や知識が必要ですから、賢者になる為に時間が必要だ。


老年になっても、賢者は老年の楽しみ方を知っているものですよね。


line

安きに居りて危うきを思う 春秋左氏伝

安きに居りて危うきを思う。思えば則ち備えあり、備えあれば患いなし

~春秋左氏伝より~


安泰な時にこそ、危険を考えなさい。危険を考えれば、危険に備えるものだ。危険に備えておけば、危険に遭遇しても慌てず、最善の方法で解決するだろう。という意味です。


危険予知の重要性を説いた名言です。


しかも、安泰の時にこそ危険予知が大切だと言う事を上手に説いています。

line

疾風に勁草を知る

疾風に勁草を知る

~後漢書より~


疾風とは、急に吹く強い風の事です。


勁草とは、強い草の事です。


よって、「疾風に勁草を知る」という名言は、強風が吹くことで、本当に強い草を知る事が出来る。
という意味です。


「疾風勁草」という四文字熟語。


逆境に立たされた時に、初めてその人の意志の強さがわかると言う事です。

line

大国を治るは 老子の名言

大国を治るは小鮮(しょうせん)を烹(に)るが若(ごと)し

~老子の名言~

小鮮とは小魚の事です。
大きな国を治めるためには、小魚を煮るようにする。


小魚を煮る時は、必要以上につついたり、掻き回したりしてはいけない。
魚は煮崩れてしまうし、味も落ちる。
ジックリと、そぉ~っと煮るのが好ましい。


大きな国を治めるときも、小さな事にイチイチ目くじらを立てていてはいけない。


大筋を間違えていなければ、知らぬ顔をするのも大切である。
清濁併せ呑む事の必要性を説いています。


「孔子家語」には、「水至って清ければ即ち魚なし、人至って察なれば即ち徒なし。」とある。


日本では、「水清ければ魚棲まず。」と紹介されている。


後漢書にも「水清ければ大魚なし」とあるし、中国古典には似たような言葉が多い。

line

先発すれば人を制し 項梁の名言

先発すれば人を制し、後発すれば人に制せらる


~項梁の名言・漢書より~


項梁は項羽の叔父にあたります。
秦の暴政に民衆が反乱を起こします。


項梁は、この名言を発した後、甥の項羽とともに役人を倒し、その兵力を手中におさめてから、反乱に加わったとされています。


項羽は、漢の高祖・劉邦のライバルとして有名ですね。


実は、史記にも項梁の挙兵が記載されていますが、史記に記されている内容では、殷通が「先んずれば即ち人を制し、後るれば即ち人の制する所となる。」と言って、項梁に相談したとされています。
史記と漢書で、この名言を最初に発した人物が微妙に違うのですが、漢書は詔や上奏文をそのまま引用している為に、史記よりも正確であると判断しました。
史記の方が読み物としては面白く、日本でも早くから読まれていますが、史実に忠実という意味では、漢書の方が正確という判断です。

line

我思う、故に我あり デカルトの名言

我思う、故に我あり


~ルネ・デカルトの名言~


あまりにも有名で、あまりにも難しい名言です。


哲学者・数学者として不動の地位を確立したデカルトですが


この名言は哲学の原点のような気がします。


簡単な言葉だけで、これほど難解な言葉はないと思います。


私なりに解釈すると・・・


思考する事が全ての始まりである。


って事でしょうか。

line

将の能にして君の御せざる者は勝つ 孫子の名言

将の能にして君の御せざる者は勝つ
孫子の名言

有名な兵法書「孫子」には、こんな言葉が記されている。
将軍が有能で、君主が戦略に口出ししなければ必ず勝つという意味です。


しかし、孫子が登場した中国の春秋・戦国時代以降も、同じ過ちが繰り返されている。


君主は戦のプロではないので、戦略に口出しするべきでなく、将軍が有能ならば将軍に全権を任せた方が良いと言う事です。


しかし、君主が将軍を軽く扱い、戦略に口出しして大敗を招く事例は本当に多いです。
教訓が活かされていない事が多いと思います。

line

人生最大の報酬は マリー・キュリーの名言

人生最大の報酬は、知的活動によって得られる

~マリー・キュリーの名言~


放射性物質の研究で有名なマリー・キュリーの名言です。
日本ではキュリー夫人として知られていますね。


1903年に夫と共にノーベル物理学を受賞し、1911年に二度目のノーベル賞(化学賞)を受賞した。
ラジウムの精製技術の特許を取得していれば、大金を手にする事が出来たのだが、マリー・キュリーは、敢えて特許を取得しなかった。


彼女がラジウムの精製技術の特許をとらず、万人にその技術を公開したので、放射線治療は劇的に進歩した。


マリー・キュリーは自己の利益よりも、病に苦しむ世界中の人を救済する事を優先したのだ。

まさに、愛の名言だと思います。

line

物事を考える人間は大勢いるが ~シャルル・ド・ゴールの名言~

物事を考える人間は大勢いるが、行動を起こすのはたった一人だ。

シャルル・ド・ゴールの名言


第一次世界大戦では、ドイツ軍の捕虜になり、第二次世界大戦でフランス政府がドイツに降伏すると、シャルル・ド・ゴールは、イギリスに亡命する。

イギリスからフランス国民に、「対ドイツ抗戦を継続しよう」と呼びかけた。

シャルル・ド・ゴールは、フランス共和国臨時政府を組織し、首相になる。(1944年)
国民の圧倒的支持を得て、驚異的な指導力と行動力を発揮した。

しかし、独裁的な行動も多く、他の政治家や自分の側近とも対立、1946年に首相を辞任。

その後も、シャルル・ド・ゴールは、フランスの英雄として国民の圧倒的支持を受けていた。
そして、1959年に大統領に就任する。

行動力の人物、シャルル・ド・ゴールならではの名言。
line

戦いは兵が多いか少ないかで決まるものでなく 立花宗茂の名言

戦いは兵が多いか少ないかで決まるものではなく、一つにまとまっているかどうかである。
人数が多いからといって勝利できるものではない。

立花宗茂の名言


西国無双と言われた武将・立花宗茂は、戦いの極意として、数よりもチームワークを重要視していた。

立花宗茂の実父は、高橋紹運。義父は立花道雪。

衰退する大友氏を支えた二人の猛将を父に持つ立花宗茂は、『義』を重んじる男だった。

立花道雪・高橋紹運は、人格、器量ともに秀でた『義』を重んじる男たちで、二人の名声は、当時敵対していた島津、竜造寺の将兵たちにも届いていたようだ。

また、九州だけに留まらず、武田信玄や豊臣秀吉らにも二人の名声は届いていたと言う。

そんな勇猛な二人の父を持つ立花宗茂は、幼少の頃より才能と器量を持ち合わせていた。

「道雪、紹運の時代から、某が老いた今日まで、道に背く行いはした事が無い」
と言うのが、宗茂の自慢だった。

「道雪以来、我らは少人数でたびたび勝利を得てきた。これは兵の和によるものだ。その和の基本は、常日頃心を許しあって懇ろに交わっているからで、この信頼のもと、ただ一言の義であっても身を捨てるのだ。これは大将たる者が心得ておくべきことである」

人徳があり、寛容で穏やかな立花宗茂は、けっして驕る事は無かった。
「成人しても自分の才能に驕ってはならぬ。」という実父・紹運の戒めを破ることはなかったのだ。

義をもって家臣に接していたから、家臣たちは宗茂の役に立つため、惜しみなく働いた。
line

死して不朽の見込みあらば 吉田松陰の名言

死して不朽の見込みあらばいつでも死ぬべし
生きて大業のみこみあらばいつでも生くべし


~吉田松陰の名言~

この言葉は、吉田松陰が高杉晋作にしたためた手紙の一文だと言われています。

「死んだとしても、朽ち果てる事の無い自信があれば死を選んでもいいだろう。
生きている事が大きな仕事につながるなら、どんなことをしても生き延びなさい。」

という意味です。

当時、江戸で獄中にいた松蔭を、高杉晋作ら松下村塾の塾生たちが、命をかけて助け出そうとしていたときに、吉田松陰は晋作にこの手紙を書いたといわれています。
吉田松陰は、安政6年(1859年)10月27日に斬刑に処されます。享年30。

高杉晋作は、吉田松陰のこの言葉に従い、命がけの救出を諦め、生き延びることを選択します。
そして、文久3(1863)年、有名な「奇兵隊」を組織します。
奇兵隊は吉田松陰の「草奔崛起」の考え方を受け継ぎ、志があれば身分に関係なく、誰でも参加できる組織だったようです。
高杉晋作は、生きる事で、奇兵隊を作り新しい時代の礎を築きました。
吉田松陰は、30歳で亡くなりましたが、彼の精神や考え方は、弟子たちに受け継がれ、朽ち果てる事は無かったのです。

「死んで不朽の見込みあらば」の部分は、吉田松陰自身に当てはまり
「生きて大業のみこみあらばいつでも生くべし」の部分は、高杉晋作はじめ、松下村塾の塾生たちに当てはまる。
見事な名言だと思います。
line

天体の運動は予測出来ても ニュートンの名言

天体の運動は予測出来ても、人の行動は予測できない。

アイザック・ニュートンの名言

近代物理学の祖といわれるニュートンは、万有引力を発見したイングランドの物理学者です。
リンゴが落ちる様子を見て、万有引力を発見したと言われています。

数学や天体にも造詣が深く、微積分法を発見したし、ハレー彗星の軌道はエドモンド・ハレーがニュートンの運動の法則を用いて計算したといわれている。

彗星の運動を予測できる能力を持っていたニュートンでさえ、人の行動を予測することは不可能だったのだろう。
知識や計算では、人の行動は予測できない。
予測不可能な事を無理やり予測しようとしても無駄であり、その事で一喜一憂するのも馬鹿げた話だと思う。
line

上下によらず、時節がくれば家は崩れるものである。 鍋島直茂の名言

上下によらず、時節がくれば家は崩れるものである。
その時、崩すまいとすれば、汚く崩れる。
だから潔く崩すが良い。そうすればあるいは残る事もあろう。


鍋島直茂の名言

確かに、その通りかもしれない。
崩れかけの建設物を、崩れないように悪あがきをすれば、汚く再起不能な崩れ方をするものだ。
再構築する事を考えるなら、潔くキレイに崩した方が再起しやすい。

建設物・構造物などは、悪あがきをするよりも、キレイさっぱり崩した方が良い。
この名言の家とは、家屋の事ではなく、鍋島家を指すのかもしれないが、鍋島家をわかりやすく家屋(建設物)に例えて説明しているものだと解釈しました。

鍋島直茂
鍋島直茂は、龍造寺隆信に仕えたが、隆信の死後、家督を継いでいた隆信の嫡子・政家は、隆信を討った島津氏に従属したため、直茂は豊臣秀吉に味方して龍造寺氏の凋落を防いだ。
その後、龍造寺にかわって佐賀藩の領主になる。
お家乗っ取り行為なのだが、豊臣秀吉も徳川家康も黙認している。
龍造寺氏隆盛の原動力だったことや朝鮮出兵の際の活躍など、直茂の力量を認めたためだが、龍造寺隆信の生母・慶尼が、直茂の父の継室となっていた為、直茂は隆信の従兄弟であり、義弟でもあった。竜造寺家臣団も直茂に傾倒していたようである。
その為、龍造寺隆信の弟・龍造寺信周や龍造寺長信らも鍋島氏への禅譲を黙認している。
line

人間についての最良の定義は・・・ドストエフスキーの名言

人間についての最良の定義は、感謝を知らない二本足の動物だと思う。

フョードル・ドストエフスキーの名言


ロシアの文豪・ドストエフスキーの生涯は、波乱の連続だったと言える。
処女作「貧しき人々」で文壇に登場し、批評家ベリンスキーに「第二のゴーゴリ」と賞賛された。
ドストエフスキーの文壇デビューは、華々しいものだった。
また、デビュー前のドストエフスキーから、作品を渡されて読んだ詩人ネクラーソフが、感動し夜中にドストエフスキー宅に訪問したという逸話まである。

しかし、ある事件に連座して死刑宣告を受ける。
寸前に許されて、死刑は免れたものの、シベリアに流刑される事になる。

赦免された後、その時の体験を扱った作品「死の家の記録」などで、作家としての地位を確立する。
その後、「罪と罰」「カラマーゾフの兄弟」など、世界文学に大きな影響を与えた。

厳しい境遇の中で、ドストエフスキー独特の厳しい人間観が育まれたのかも知れない。
line

翌日の事は、前晩よりそれぞれ案じ  山本常朝の名言『葉隠』より

翌日の事は、前晩よりそれぞれ案じ、書きつけ置かれ候
これも、諸事人より先にはかるべき心得なり


山本常朝の名言『葉隠』より

明日の事は前の晩から計画を練っておくべきだ。
計画を練ったら、書き出して形にして置けば、問題点も明確になるし、第一忘れずにすむ。
そうする事で、他の人たちより先にスムーズに行動できるし、考えるのも早い。
人より秀でた成果を望むなら、ぜひ実践すべき名言ですね。

theme : 生活に役立つ情報
genre : ライフ

line

少なくとも毎日一つは不可能に挑戦して ハバードの名言

少なくとも毎日一つは不可能に挑戦して、
完遂しない限り、自らを高める事は出来ない


ハバードの名言

日々困難に立ち向かい、困難を克服し続けなければ、成長しないって事ですね。
line

鶏口と為るも牛後となる無かれ 蘇秦の名言

鶏口と為るも牛後となる無かれ

原文『寧為鶏口、無為牛後』

蘇秦の名言 司馬遷・史記より

小さな組織のトップになるほうが、大きな組織の末端にいるよりもよい。
そういう気概を持って生きたいものです。
line

魚は水に飽かず 鴨長明の名言

魚は水に飽かず、魚にあらざれば、その心を知らず。
鳥は林を願う、鳥にあらざれば、その心を知らず。


鴨長明の名言

魚は水に飽きる事は無く、魚にしかその気持ちは解らない。
鳥も林を求めるが、鳥で無ければその気持ちは解らないものだ。

人はそれぞれ違う考え方や行き方がある。
理解できないものを排除するのではなく、尊敬して受け入れる事も必要な事だ。
line

良心こそ ジェームス・フリーマン・クラークの名言

良心こそ、あらゆる真の勇気の源である。
勇敢であるには、良心に従う事だ。

~ジェームス・フリーマン・クラークの名言~

命知らずな事や危険を承知で挑戦することを勇気とは言わない。
良心に従い、不正を正す事が真の勇気である。
line

誰かを愛することは トマス・アクィナスの名言

誰かを愛することは、その人に幸福になってもらいたいと願うことである。

~トマス・アクィナスの名言~


トマス・アクィナスは、イタリアを代表する思想家です。

アクィナスは、「人間にとって、究極的な幸福とは何か?」という問いに対し

「神の本質を直視することである」と答えています。
line

世の中で成功を収める為には モンテスキューの名言

世の中で成功を収める為には、馬鹿のように見せかけ、利口に活動する事である。

~シャルル・ド・モンテスキューの名言~

本名で『法の精神』を刊行後、カトリック教会から激しい批判を受け、攻撃を受けたモンテスキューは、ペンネームで小説を発表した。
後に、革命のキッカケとなるほどの小説「ペルシア人の手紙」もペンネームで執筆している。
モンテスキューの名言は、彼ならではの人生観から導き出された成功の極意である。
line

心だに誠の道に 菅原道真の名言

心だに誠の道にかないなば、祈らずとても神や守らん

菅原道真の名言

心さえ誠実にしていれば、祈らなくても神は味方してくれるはずだ。という意味でしょうか。

上辺だけの信仰では、神様も守ってくれないだろうという戒めかも知れませんね。
line

自由と我侭の界 福沢諭吉の名言

自由と我侭の界は、他人の妨げを為すと為さざるとの間にあり

福沢諭吉の名言 『学問のすすめ』

自由と我侭の違いは、他人の邪魔になるかならないかの違いだ。

と福沢諭吉は説いています。

お互いが相手の自由を尊重することで、真の自由が得られるという事でしょう。

他人の自由を妨げるものは、自由ではなく我侭だという意味ですね。
line

大業をなすには・・・劉備玄徳の名言

大業をなすには、なによりも人をもって本となす。

~三国志の英雄・劉備玄徳の名言~

208年、曹操の大軍に追われて逃げる劉備を、数十万の民衆たちが劉備を慕い、後を追ってた。
曹操の騎馬部隊が追撃してくるが、劉備は難民を庇いながら逃げるために思うように逃げられなかった。
その時、難民を見捨てても、まず自分たちが無事に逃げ延びるべきだという部下に対して、劉備は

「大業をなすには、なによりも人をもって本となす。今、自分を慕ってきてくれる人々を、むざむざ見捨てていけるか」

と答えたといいます。

弱小勢力に過ぎなかった劉備が、後年「蜀」を建国出来た最大の要因は、民衆を守り愛した劉備と劉備を慕う民衆の相思相愛の関係だったのかも知れません。
line

私は自分が何も知らないことを

私は自分が何も知らないことを知っている。

~ギリシャの偉大な哲学者・ソクラテスの名言~

ソクラテスは、自分自身の無知を知る事、自分が何も知らないことを悟る事が、大切だと考えていたようです。

若者たちに説教して、謝礼をとっていたソフィストたちを痛烈に批判していたようです。

自らは、無料で若者たちに正しき道を教えるスタイルを貫いたようです。

「自分が何も知らないことを悟った者こそが、真の賢者である。」ということを説いています。

ソクラテスの発言は、各方面に及んでいますが、何の著作も残していません。

彼の言動と業績は、クセノフォンやプラトンによって書籍化されたようです。

「私は自分が何も知らないことを知っている。」

哲学者らしい名言で、真理だと思います。
line

人は必要に迫られると

人は必要に迫られると、すぐに実力を発揮する。

~ピタゴラスの名言~

ギリシャの哲学者で、ピタゴラスの定理を発見した数学者・ピタゴラスの名言です。

人生について、真剣かつ深刻に考え抜いたピタゴラスは、禁欲主義的な生涯を送ったといわれています。

魂の輪廻説を説き、肉食を厳禁し、神様への供物にも動物を避けたらしい。

「血を流している動物の生贄を見たら、神々は驚かれるばかりか、ついには人間に復讐されるであろう。」と説いたといいます。

本当に不思議な人物ですね。

「人は必要に迫られると、すぐに実力を発揮する。」という言葉は、努力礼賛の言葉に聞こえますが、実は神々を信仰するがゆえにたどり着いた、ひとつの真理なのかも知れません。
line

人格は美しい弁舌によってではなく・・・

人格は美しい弁舌によってではなく、労働と己の業績によって形成される。

~アルバート・アインシュタインの名言~

稀代の天才と思われているアインシュタインが、なぜこんな言葉を残したのか?

相対性理論や光量子の理論など、どこをどう見ても、天才物理学者だと思うのですが・・・

アインシュタインはこんな言葉も残しています。

「私は天才ではない。ただ長くひとつの事と付き合ってきただけだ。」

「私には特殊な才能は無い。ただ熱狂的な好奇心があるだけだ。」

本当にそう思っていたんでしょうね。

それでも、やっぱり天才だと思うのですが・・・

皆さんはどう思いますか?
line

日本を今一度せんたくいたし申し候

日本を今一度せんたくいたし申し候

坂本竜馬の名言


幕末の混乱期、外国の軍事力を脅威に感じつつも、日本を外国の植民地にしないために、奔走し続けた男、坂本竜馬が家族に宛てた手紙の一文です。

奔走をつづけた竜馬は、当時敵対していた薩摩と長州を結びつけ、薩長同盟を成立させます。

そして、大政奉還を起草し実現させたのです。

政治不信を嘆くだけでは、何も改善しません。

竜馬のように自らが日本を洗濯する!という気持ちと行動が大切だと思います。

この坂本竜馬の名言は、現在の日本で最も光り輝く名言と言えるのではないでしょうか。
line

百年兵を養うは~山本五十六の名言~

百年兵を養うは、ただ平和を護るためである。

~連合艦隊司令長官・山本五十六の名言



今回紹介した名言は、連合艦隊司令長官・山本五十六の言葉です。

若き日に駐米武官だった山本五十六は、最後まで対米戦に反対していた。

国力の差を身をもって知っていたからです。

しかし皮肉にもその時、連合艦隊司令長官だったために、日米戦の指揮をとる事になった。

そして、唯一の米軍から日本を護るための作戦をまとめます。

「敵主力艦隊を真珠湾で飛行機隊を以って徹底的に撃破する」と言う作戦です。

事実上、世界で初めて航空艦隊を考え出し編成したのです。

山本五十六は、当時の総理大臣に日米戦の勝算を尋ねられて

「初め半年や一年は暴れてご覧にいれます。しかし二年三年となっては全く確信は持てません。日米戦争回避に極力御努力をお願いします。」

と答えたそうです。


そして、真珠湾攻撃の最終打ち合わせの席でも、

「ワシントンで行われている対米交渉が妥結したならば、直ちに反転し帰投せよ」

と告げています。

「出しかけた小便は止められません」

と反論する指揮官たちに山本は、

「もしこの命令に従えないと思う指揮官は即刻辞表を出せ。百年兵を養うは、ただ平和を護る為である。」

と、声を荒げて告げたと言います。


軍を持つ事は、平和を護るためであって、戦争をするためでは無いのだ。

という信念を持っていたのですね。


戦前戦中にも、平和を願い戦争に反対する人たちは実在しているのです。
line

たまには踏みならされた道を避けて

たまには踏みならされた道を避けて、森の中に入り込むのがいい。
今まで見たことも無いものを発見できるに違いないからだ。



グラハム・ベルの名言



電話機を発明し、エジソンと並んで「アメリカの二大発明家」と言われているベルの名言です。

発明家らしい名言だと思います。


人と同じ事をしたり、習慣になっている行動を繰り返すだけでは、新しい発見は出来ない。

時には、寄り道や冒険も必要だという意味ですね。


これから、何か新しい事を始めたいけど、踏み込めずに躊躇している人に効く名言です。
line
line

FC2Ad

line
癒しの名言検索
line
カテゴリー
line
最近の記事
line
広告
line
RSSフィード
line
FC2ブログジャンキー

「アクセス数が全然伸びない…」そんな悩みをブログジャンキーが解決します!

line
リンク
line
フリーエリア
line
sub_line
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。